ハーバードの日本人 Vol.5:小田川肇さん 38歳

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小田川さんはこれまで、NHKのアナウンサー、国会議員の政策担当秘書、そして米国大使館勤務と、実に多彩な経歴を積まれています。どうして今回、仕事を辞め、ご家族を連れて、ハーバードケネディスクール(HKS)に留学することに決めたのですか?

米国の大学院にいつか留学したいと、かねてから思っていました。特に国際関係・安全保障の分野を学びたいと思い、その分野の評価が高いHKSに応募することにしました。

小田川さんは、私も以前通ったミッドキャリア行政学修士課程(MC/MPA)で学ばれています。HKSには様々な修士課程が有りますが、どうしてこのプログラムを選ばれたのですか?

1年間という短い期間と、その分少ないコストで、修士号を取得出来る点に惹かれました。また、30代後半になってからの留学になるので、年齢的にも経歴的にも自分と近い学生がいて、疎外感を感じることなく学べる環境で有るところにも魅力を感じました。

MC/MPAって、どんなプログラムですか?

応募要件は職務経験が最低7年以上必要となっています。大学によると、実際に入ってきている人の平均職務経験は13年だそうです。20代後半から50代まで幅広い学生が在籍しています。平均年齢は39歳です。217人の学生のうちおよそ半分がアメリカ人、残りの半分が世界約70カ国から集まった外国人で、大変国際性の豊かなプログラムです。また、それぞれの国/分野で高い実績を上げてきている人たちが多く、彼らとの交流を通して学ぶことも非常に多く、刺激のあるプログラムだと思います。入学した際に大学から、MC/MPAで学ぶことのメリットは、そうした世界の第一線で活躍する仲間たちとの生涯続くネットワークだと聞かされました。卒業を前にして、まさにその通りだと実感しています。

また、HKSには、Belfer Center for Science and International Affairsという安全保障や環境問題の専門家が集まる研究所があり、そこが主催するセミナーに参加することが出来たことも、私にとって大きな経験となりました。私の一番の関心事である「核兵器のない世界は可能なのか」という問いについて、その分野の専門家たちと直接意見交換することが出来、改めて実現の難しさを認識すると同時に、実現に向けてのヒントを得ることが出来ました。

私のように、留学をしたいと思いつつも、その機会を逃してしまったような人も、ためらわずにトライ出来るプログラムだと思います。実現に向けては、家族がいたり、仕事を辞めたりと、大変なことも多いと思いますが、MC/MPAプログラムの学生にも30代後半からの子連れ留学をしている人がたくさんいます。ぜひあきらめずにトライしてもらいたいと思います。

ちなみに私は40代からの子連れ留学でしたが、小田川さんの意見に同感です。人生観の変わる1年でした。HKSでは、どんなクラスを取りましたか?

核軍縮・不拡散の分野の理解を深める授業を、集中して4つ取りました。Matthew BunnとWilliam Tobeyという核政策の専門家による「Controlling the World’s Most Dangerous Weapons」という核不拡散政策についてのクラス、Bryan Hehir教授の「The Politics and Ethics of the Use of Force」という武力行使に関する倫理のクラス、そしてハーバード大学の歴史学部の授業でWesleyan Universityからの客員教授William Johnstonによる「Japan and the Atomic Bomb in Historical Perspective」という日本への原爆投下について歴史学的に考察するクラス。4つめは、MITのBarry Posen教授による国際安全保障のクラスです。

その他には、政策立案のための数的分析手法を学ぶ「Analytic Framework for Policy」、政策メモの書き方を特訓する「Policy Writing for Decision Makers」、「Technology, Security, and Conflict in the Cyber Age」、「The Making of a Politician」、そして「Authentic Leadership Development」 を受講しました。

ハーバードで一番印象に残っている授業は、何ですか?

どれも興味深い授業だったので、一つだけ選ぶというのは難しいですが、あえて選ぶとすれば、Matthew BunnとWilliam Tobeyの核不拡散政策の授業でしょうか。教授は2人とも以前ホワイトハウスで実際に核不拡散政策に携わっていた人たちだったので、彼らの実経験を交えながら、核兵器を巡る世界の情勢を安全保障の観点から分かり易く学ぶことが出来ました。そして、クラスメートはほとんどアメリカ人だったので、アメリカ政府で働いていた人、これから政府に入ろうとしている人、軍人等が、核兵器についてどのような考え方をしているのかを、彼らの意見を通して理解することが出来たことも収穫です。最近のイランや北朝鮮の核開発問題といったようなトピックについても、政策シミュレーションや政策メモなどの授業課題を通して深く理解することが出来ました。

小田川さんが、安全保障に興味を持つようになったきっかけは、何ですか?

最初のきっかけは、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロの航空機激突の瞬間を、職場のテレビで、生放送で目撃したことです。当時私は社会人3年目で、NHK鹿児島放送局でアナウンサーとして勤務していました。その晩は、夜通しテレビの報道を見ながら、どうしてこのような惨事が起きるのか、その原因について考えました。そして、世界の平和に貢献出来る仕事をしたいと強く思うようになりました。

その後は、長崎の核兵器廃絶市民集会という国際会議を取材したり、静岡に転勤になった後は、アメリカの水爆実験で被曝した第五福竜丸の元乗組員、大石又七さんにインタビューしたりと、機会がある度に平和に関連したテーマの取材に取り組みました。特に大石さんの語った、「自分の生きている間に核兵器のない世界を見たい」という言葉が深く胸に刻みついています。こうした経験を通して、世界で唯一の被爆国である日本の国民として、広島・長崎の経験を踏まえ、核軍縮を通した平和構築に貢献したいと思い、核や安全保障に関する勉強を始めました。

「The Making of a Politician」という授業は、HKSの人気科目の一つですが、どんなクラスでしたか?

政治や政策の現場をはじめとした様々な場面で役立つ、効果的なスピーチやプレゼンテーションの仕方を学ぶ授業です。4人一組のチームに分かれ、各々が大統領候補、キャンペーンマネジャー、報道官、政策ディレクターという役割に分かれ、模擬選挙キャンペーンを実施します。他チームの同じ役割の人たちとディベートを行ったり、インタビューをしあったり、選挙コマーシャルを作ったりといった活動を通し、その成果が評価対象になります。極めて実践的な授業です。私は政策ディレクターを担当し、選挙コマーシャルを手がけました。以前テレビ局に勤めていて映像制作は好きなので、大変楽しんで取り組めました。おかげさまで、コマーシャルでは最優秀賞を受賞しました。

まさにNHKでの経験の底力ですね。私はハーバードでリーダーシップの授業を数多く受講しましたが、「Authentic Leadership Development」は当時ハーバードビジネススクールだけの授業で、受講することが出来ませんでした。最近HKSでも開講されるようになり、人気があると聞いています。実際にはどんな授業でしたか?

講義は週一回で、毎回講義の後に2時間、6人ずつのグループに分かれ、様々なリーダーシップ課題についてディスカッションをします。例えば、各々が人生の中での困難をどうやって乗り越えたかなどについて話し、それについてグループで議論しました。

こうした議論を通して自分がどういった人間か、どういうこだわりや行動傾向を持っているか、何を一番大切にしているか、どういうスタイルのリーダーシップが自分に相応しいかを考え、グループのメンバーから意見をもらうというプロセスを通して、自分のことを客観的に分析し、自分なりのリーダーシップのあり方を模索していくという授業です。グループのメンバーとは非常に密度の濃い時間を過ごしたので、卒業後もスカイプで定期的に議論したりして、長い付き合いになりそうです。

受講生は42人で、昨年は30人だったそうですが、人気が高く受講枠を増やしたと聞きました。

小田川さんは英語が大変堪能ですが、帰国子女ですか?

中学時代を、父親の仕事の都合で韓国のソウルで3年間過ごしました。最初の1年は日本人学校に通い、その後の2年間は現地のインターナショナルスクールに通いました。そして高校1年生の時に、日本に戻りICU高校(国際基督教大学高等学校)に編入し、当初は高校敷地内の学生寮で生活しました。

ICU高校はどんな高校ですか?

3分の2が主に英語圏からの帰国子女で、生徒同士で英語で話す人も珍しくありませんでした。英語の授業も帰国子女に合わせたレベルだったので勉強になりました。一学年240人くらいで、寮で生活していたのは一学年70〜80人程度だったと思います。

その後、慶応大学湘南藤沢キャンパス(SFC)に進まれたわけですが、どうしてSFCを選ばれたのですか。

とにかくSFCに行きたいと思っていました。1990年に総合政策学部と環境情報学部という新学部のために開設されたキャンパスで、「学生は未来からの留学生」という理念で、将来社会に出たときに役立つ知識やスキルを身につけられる大学という、全く新しいコンセプトを実現するために志のある教授たちが立ち上げたプロジェクトという点に共感しました。また、神奈川県藤沢市の郊外に広がる出来立ての新しいキャンパス、そして語学とコンピューター教育に力を入れているところにも惹かれました。ぜひそんな理念、環境のもとで学びたいと思いました。

SFCに実際に入学してみて、印象はどうでしたか?

期待通りでした。AO入試のシステムを最初に導入したのはSFCだと聞いています。そうした革新的な入試制度のためか、学生は積極的で行動的で、ユニークな考え方をする人が多く、そうした友人たちとの交流は刺激になりました。卒業後の進路も、大企業への就職だけではなく、自分で起業する人も多く、既成概念にとらわれないタイプの人が多かったです。

卒業後は、NHKのアナウンサーになられましたが、そのきっかけとその後のキャリアについて、聞かせて下さい。

父親が新聞記者だったことと、SFCが映像制作にも力を入れていて、映像に興味を持つようになったことが要因だと思います。また、在学中に新宿のルミネシアターワークショップという公演企画に参加し、プロの俳優の方たちと一緒に舞台に立つ機会がありました。そうした経験を通して、メディアと映像、そして人前で話すことに関連する仕事は何かと考えた際、アナウンサーという仕事に興味を持つようになり、応募することにしました。

その後、先ほどお話ししたとおりアメリカ同時多発テロや核関連取材をきっかけに国際関係の理解をもっと深めたいと思い、東京大学公共政策大学院で勉強することにしました。将来的には国連のような国際機関で働きたいという希望も有り、そのためには英語の他にフランス語も身につける必要があると思い、NHKを退職してフランスのパリ政治学院(Science Po/シアンスポ)に一年間交換留学して、フランス語で授業を受講しました。

帰国後は、政策をメディアで伝えるだけではなく、政策立案に直接関わってみたいという気持ちが強まり、NHK時代の先輩だった衆議院議員の政策担当秘書を務めました。当時は、民主党に政権交代したばかりで変化の激しい時期だったので、非常にエキサイティングな経験を積むことが出来ました。

その後、もっと海外に関わる仕事をやりたいと思い、2010年に東京の米国大使館のホームページに出ていた仕事の公募に応募し、広報・文化交流部で採用されました。そこでは、アメリカの外交・安全保障政策や社会・文化について日本の人たちに理解を深めてもらうためのシンポジウムや講演会等のイベント企画を担当しました。

米国大使館での思い出深い仕事の一つに、アメリカのドキュメンタリー映画「Rebirth(リバース)」の日本への紹介があります。「Rebirth」は9.11同時多発テロの被害者や家族がその後どのように精神的に再生していったかを記録した映画です。東日本大震災を経験した日本にとっても意味のある映画だと感じ、ワシントンの米国国務省に企画書を提案し、実現することが出来ました。映画に日本語字幕をつけ、ハリウッドの映画プロデューサーでもあるジム・ウィテカー監督を日本に招き、東京国際映画祭をはじめ全国各地で上映会と監督トークイベントを行いました。特に東北の被災地の方たちから大きな反響がありました。

小田川さんは、HKSに2013年に合格した後、一年間defer(入学延期)して、2014年に入学されました。deferは簡単に出来るものですか?

しっかりとした理由があれば、認められると思います。手続きとしては、延期希望理由を書いた文書を一枚提出しました。私は、私費留学ですが、ケネディスクールに合格はしたものの、大学からの奨学金を得ることは出来ませんでした。そこで一年間留学を延期することで、その間に奨学金の獲得と貯金をして準備することにしました。幸いロータリー財団の奨学生に選ばれ、翌年留学しました。

卒業後はどうされますか?

東京の米国大使館に戻り、これまでと同じ広報・文化交流部で勤務します。将来的にはHKSで学んだことを活かし、核兵器のない世界の実現に貢献していきたいと思っています。HKSでは、核兵器のない世界の実現がいかに難しいかを理解することが出来ました。世界は、核抑止(nuclear deterrence)という核兵器に頼る平和、そして偶発的な発射による惨害のリスクという課題を抱えています。そうした状況から脱するべきだという議論に一番貢献出来るのは、そして一番貢献しなければならないのは、世界で唯一の被爆国である日本だと思います。今後は、核抑止を支持する世界の主流意見と、広島・長崎の被爆経験に基づく日本としての意見との距離を埋めていくことが重要だと思っています。そういったことに貢献できる仕事ができればと思っています。

今後日本人が国際的に活躍していくために必要なスキルは、何だと思いますか?

まずは語学力。少なくとも英語で不自由なく自分の意見が言え、文章で表現出来る力は大前提だと思います。東南アジアからHKSに来ている学生から、「以前日本に行った時に、英語で話しかけても皆慌てるばかりで全然会話ができなかった。日本ほどの先進国がなぜ英語にもっと投資をしないのか」と言われたのが強く印象に残っています。国を挙げて、真剣に取り組むべき課題だと思います。

日本は、英語教育に投資はすごくしていると思いますが、役に立たない投資になっているのが問題ですね。

確かに、成果の上がる英語教育をどのようにしていくかは、難しい問題だと思います。もう一つは、ハーバードの歴史学部の日本への原爆投下についての授業で、太平洋戦争に至るまでの日本の歴史についてアメリカの視点からあらためて学んだり、アメリカ人の学生たちと議論したりして、新たな発見が多々ありました。自分の国の歴史や政治、社会についてしっかりと理解し、説明や議論が出来るようになっておくことも、国際社会に出ていく上で大変重要だと感じました。

核のない世界の実現という壮大なテーマについて、小田川さんの落ち着いていて説得力のある意見を伺って、世界平和のために、日本人としての自分の役割を、改めて考えました。小田川さんのように、世界規模で課題解決を考え、当事者意識を持って取り組もうと思う人が1人でも増えれば、核のない世界は実現出来ると思います。小田川さんのこれからの活躍、心より応援したいと思います。

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